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●丹後七姫伝説

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丹後の浦島太郎伝説
     龍穴の謎!


冬の世屋高原にカンジキ
    履いてレッツゴー


第1回 ロードスタークラブ
     ミィーティング
 その昔、天橋立は天への架け橋といわれており、女神イザナミと男神イザナギが天への上り下りに使っていました。ある日イザナギが昼寝をしている間に倒れて、それが天橋立になったという神話が残っています。



新井・のろせ海岸



















白い小さな花のホテル





磯の香








丹後に伝わる七姫伝説

乙姫

羽衣天女

間人皇后

静御前

小野小町

細川ガラシャ

安寿姫

 丹後には、この地に由来のあった有名な7人のお姫様にまつわる伝説が残されています。丹後に住むものとして、一度は伝説の残る地を探索してみたいと思い訪れてみました。

 昔話は日本全国に、同じ話でも内容が異なって、伝えられている事が多いのですが、全国統一教育を受けて育った私には、地元に伝わる伝説が、教わった話とあまりにもかけ離れていて、カルチャーショックを受ける話もありました。
 もっと地域の文化や伝統を大切にした教育を受けていたら、こんなに違和感を感じる事は無かったのですが ・ ・ ・





乙姫


 乙姫様といえば海の中にある竜宮城のお姫様というイメージですね。
ただ、どちらかと言えば乙姫様は主人公ではなく、浦島太郎を引き立たせる名脇役と言ったところでしょうか。この話はおとぎ話の一つで、8世紀にはすでに書物に記載されている古い話です。特定の人物を指定したものではなく、日本とは違う異国のお姫様です。
 浦島太郎伝説は童謡にもあるように、助けたカメに連れられて♪~、竜宮城へ行きました。そこで飲めや食え、歌えや踊れの歓待を受けましたが、故郷が恋しくなり乙姫に帰る事を伝えると、決して開けてはいけないと言われて「玉手箱」を渡されました。太郎が亀に連れられ故郷の浜に帰ると、そこは誰も知る人がいない時代の過ぎた故郷でした。浦島太郎は自分を憐れみ、貰った玉手箱を開けると、中から白い煙が立ち上がり太郎は一瞬にして老人になりました。というストーリーが一般的です。

 一方、丹後の網野に伝わる話では、舟で釣りに出ていた浦島太郎(浦嶋子)が、三日三晩一匹の魚も釣れずあきらめかけた時、五色の大きな亀が現われ、その美しい亀を眺めているうちに眠ってしまいました。気が付くと亀は美しい乙姫の姿に変わっていました。浦島太郎は乙姫に連れられ竜宮城へ行き、楽しい日々を過ごしましたが、故郷が恋しくなり乙姫にそのことを伝えると、もし竜宮へ戻りたいならこの箱は絶対に開けてはいけないと言われ玉手箱を渡されました。そして故郷へ帰るとそこは知る人もなく、村の人に浦嶋子の事を尋ねると、300年程前に舟で釣りに出たまま帰らぬ人がいると聞かされ愕然とします。途方に暮れる太郎が玉手箱を開けると、白い煙が立ちのぼり、太郎は一瞬にしておじいさんになってしまいました。悲しみのあまり顔のシワをちぎって木に投げつけると、樹皮がシワだらけになりました。それが銚子山古墳の近くに残っている木だと伝えられています。


亀に乗る浦島太郎像

浦島太郎がまつられる「嶋児神社」


 浦島伝説は伊根町本庄にある浦島神社にも伝えられており、ここでは浦島太郎が地中から帰ってきたとされる「龍穴」と呼ばれる穴があるので驚きです。






羽衣天女


 羽衣天女も日本各地に伝わるおとぎ話です。
一般的には三保松原の伝説が良く知られており、ストーリーとしては、漁師が松原で釣りをしていると、何処からともなく良い香りがしてきて、香りにひかれて行ってみると松の木に見たこともない美しい衣が掛かっていました。なんて綺麗なんだろうと思い持ち帰ろうとすると、天女が現れ、「それは私の着物です。それがないと私は天に帰れません。どうぞ返してください。」と言いました。漁師は羽衣がどうしても欲しかったのですが、悲嘆にくれる天女の姿を見て返す気になりました。そのかわり、天人の舞いを踊ってほしいと告げると、天女は喜んで承知をしましたが羽衣が無いと舞が踊れませんと天女は言います。漁師はふと気づき、羽衣を返してしまえば舞を踊らずに帰ってしまうのではないかと疑いました。そのことを言うと、天女はきっぱりと答えました。「疑いや偽りは人間の世界の事、天上の世界にはございません。」と言いました。漁師はその言葉に自分が恥ずかしくなり、羽衣を天女にかえしました。 天女は羽衣を身にまとうと、優雅に舞を踊りはじめました。何処からともなく笛や太鼓の音が聞こえ、
よい香りに包まれて、うっとり見とれていると、天女はふわりふわりと天へ上がり消えてゆきました。
 一方、丹後の天女の里に伝わる伝説には違った内容の話が2種類あります。一つは天女が天に帰る話と、もう一つは家から追い出され路頭に迷ったという話がありますが、追い出された話はあまりにも夢が無いので天に帰る話の方をご紹介します。

 昔、丹後の国の比治の里に三右衛門という若い狩人が住んでいました。あるひ三右衛門は磯砂山へ狩りに出かけると、何処からともなく良い香りと音楽が聞こえてきました。近寄って行くと、見たこともない美しい八人の天女が池で水浴びをしていました。ふと傍らを見ると美しい羽衣が掛けてあるではないですか、三右衛門はその羽衣の美しさにひかれ、
一枚かかえると、いちもくさんに家へ帰り大黒柱の穴に隠しました。池からあがった天女は羽衣が無くなっているのに気づき三右衛門を訪ねました。そして返してほしいと頼みましたがいくら頼んでもだめでした。やがて天女は三右衛門の嫁になり三人の娘も出来ました。天女は美しいだけでなく、機織りや米作り・酒造りなど何でもよく知っていました。そして天女のおかげで比冶の里は豊かになり、人々はとても幸せに暮らせるようになりました。ところがある日、天女は羽衣の隠し場所を知り、羽衣を身に着けると大空へ舞い上がってゆきました ・ ・ ・。
 この話はまだ先があり、ジャクと豆の木と七夕伝説を合せたようなおもしろい話になります。詳しく知りたい方は「天女の里」のホームページからご覧ください。




天女が家を追い出された伝承に由来する神社で、羽衣天女(豊宇気比売)が祀られている「奈具神社」
天女は比治の里から家を出され、路頭に迷いこの弥栄町舟木の地で生涯を終えたとされています。





間人皇后


 間人皇后は聖徳太子の生母で、穴穂部間人皇女(あなほべのはしうどのひめみこ)と呼ばれています。
 この話も6世紀末の古い話で、大和政権の蘇我氏と物部氏との権力争いが激しくなり、その争乱を避けるため、都から遠い日本海沿岸部、現在の丹後町間人の地にわが子(後の聖徳太子)とともに身を寄せたと伝えられています。その時、村人たちに手厚いもてなしを受けました。そして数年後争乱が治まり都に戻る時、そのお礼にと皇后自身の名前「間人」(はしうど)をこの地の名前に送りました。しかし村人たちはそのまま地名にするには畏れ多いことから、はしうど皇后が退座したことにちなみ読み方を間人(たいざ)としたとされています。

立岩を正面に見据えるように立つ「間人皇后と聖徳太子の母子像」
この立岩には、間人皇后の第三皇子「麿子新王」が鬼退治をして岩に鬼を閉じ込めたとされる伝承もあります。

丹後温泉・はしうど荘 丹後温泉
はしうど荘


間人皇后にちなんだ
日帰り温泉です






静御前


 源 義経(幼名・牛若丸)の愛妾であり、悲劇の英雄・義経とともに時代に翻弄され、若くして生涯を閉じた静(しずか)と呼ばれた女性です。
 この話は11世紀の平安時代末期から鎌倉時代初期の比較的新しいものですが、詳しい資料が少なく、日本各地に伝承として残されています。
 京丹後市に残る伝承では、静は網野町磯の漁村で禅師の娘として生まれたとされ、父の死後、幼い静は母とともに京都に上がりました。
 白拍子として有名になった母を継ぎ、静も都で屈指の白拍子へと成長しました。
 静には白拍子として有名な話が残っています。都で日照りが続き、100人の僧や白拍子に雨乞いをさせましたが効果がありませんでした。しかし静が舞うとたちまち黒雲が現れ、三日間雨が降り続いたとされます。
 静は、この白拍子を舞う美しい姿を義経に見初められ、愛妾として召されまし。
 その後、源平合戦で英雄となった義経ですが、兄の源頼朝と対立し都を追われ、義経とともに九州へ向かったのですが、途中、義経と離れ離れになります。そして山僧に捕えられ鎌倉の源頼朝のもとへ送られます。
 静は源頼朝に白拍子の舞を命ぜられた際

 しづやしづしづのをだまき くり返し 昔を今に なすよしもがな
     吉野山 峰の白雪 ふみわけて 入りにし人の 跡ぞ恋しき


 と義経を慕う歌を唄い、頼朝を激怒させます。この時、静は義経の子を宿しており、頼朝は女子なら助けるが、男子なら殺すと命じます。静が産んだ子は男子であったため由比ヶ浜に沈められました。
 その後、静は京に返されます。悲しみにくれる静は故郷の磯に戻り二十余歳の若さでこの世を去ったと伝えられています。


静の死を悼んだ村人たちに建立された
「静神社」

しづやしづしづのをだまき くり返し 昔を今に なすよしもがな

静 生誕の地 磯集落


静御前 生誕の地の石碑

浅茂川温泉・静の里 浅茂川温泉・静の里

静御前にちなんだ丹後の
日帰り温泉です






小野小町


 小野小町は9世紀頃、平安時代前期の女流歌人で絶世の美女とされています。
 平安時代を代表する六歌仙の一人だった小野小町は百人一首にも名を残しています。

 花の色は うつりにけりな いたづらに
      わが身よにふる ながめせしまに


 小野小町にまつわる話も日本各地にありますが、丹後では年老いた小町が旅の途中でこの地に立ち寄り、病気で生涯を終えたというものです。
 晩年の小野小町が天橋立への旅の途中で、三重の里・五十日(現在の大宮町五十河)に住む上田甚兵衛宅に滞在した。その時の地名は「五十日」だったが、日の字は火に通ずることから災いが多いとし「河」に改めさせた。すると村から火事が無くなり、女性は安産になったと伝えられています。
 小町は旅に出て天橋立へ向かう途中、長尾坂で腹痛を起こし上田甚兵衛に背負われ五十河まで帰るが、辞世の句を残して亡くなったとされています。

  九重の 花の都に住みはせて はかなや我は 三重にかくるる

 また、小野小町にまつわる話では、大内峠に残る天橋立股のぞき発祥の地というものがあります。ここでは峠越えの途中、小町が急に尿意を催し、小用を終えた小町が股から天橋立を見ると、絶景だったことから始まったとされます。

 何やら丹後に残る伝承には、絶世の美女のイメージとは程遠い、腹の不調にまつわる内容が多いですね。



小町の舎の入り口で出迎える小町の像


小野小町の墓


小野小町温泉
小野小町にちなんだ
日帰り温泉です






細川ガラシャ


 15世紀~16世紀の戦国時代から安土桃山時代にかけての話で、丹後七姫伝説の中では一番新しい話です。
  明智光秀の三女としてうまれた玉子(後のガラシャ)は丹後田辺城(現舞鶴市)の細川忠興に嫁ぎました。
 玉子は二人の子をもうけ、平穏な日々を送っていましたが、父・明智光秀が織田信長を本能寺で討って、自らも滅んだため、玉は反逆を起こした者の子として、丹後の山深い味土野に幽閉されました。そして玉は幽閉中、侍女の一人からキリスト教の話を聞き、信仰に救いを求めるようになります。
 その後、信長の死後、天下をとった秀吉の取り成しもあって、忠興は玉を細川家の大阪屋敷に戻しました。
 カトリックの教えに心を魅かれていた玉は、夫忠興には
告げづ、大阪に滞在していた宣教師のもと洗礼を受け、ガラシャの名を授かりました。
 時が流れ、忠興は徳川家康に従い上杉征伐に出陣するを見て、西軍の石田光成は大阪の細川屋敷にいたガラシャを人質に取ろうとしました。しかしこれに抵抗し、ガラシャは夫の足手まといにならぬようにと、屋敷に火を付け自害したといわれています。

細川ガラシャ慰霊の碑と案内板



ガラシャの隠棲地・味土野へは、弥栄町黒部から
野中集落を右折して川沿いを走ります。

しばらく進むと右・来見谷、左・味土野の
標識があり、左へ進みます。

道は急に細くなりますので、気を付けて走ります。

隠棲地跡には車が5台ほど駐車
出来るスペースがあります。






安寿姫


 「安寿と厨子王」の童話に登場する悲劇の姉弟の話です。11世紀頃、平安時代末期に成立した説経節「さんせう太夫」を原作として浄瑠璃などの演目で演じられたものを子供向けに改変したお話です。
 安寿と厨子王の父は、とある国の領主でしたが、平将門の乱に荷担した疑惑をかけられ筑紫の国に追放されてしまいました。安寿と厨子王は父を慕って 筑紫へ向かいましたが、旅の途中で人買いに騙され、丹後の山椒大夫に売り飛ばされてしまいます。妹弟に待っていたのは昼夜を問わずの苦役でした。安寿は何とか厨子王だけでも助けたいと思い、山椒大夫の目を盗んで厨子王を逃がすことに成功しました。しかしそれを知った山椒大夫は怒り狂い、安寿を責め続けました。
安寿は耐えれず池に身を投げてしまいました。
 都に逃れた厨子王は立派に成人し、のちに丹後王主となり、悪人の山椒大夫を成敗したというお話です。


安寿が毎日通ったとされる「汐汲み浜」

由良川ロードパークに立つ安寿と厨子王の像




 由良川沿いの下東集落には安寿姫の悲しい伝説がのこります。 安寿姫は都へ逃げる途中、この地で空腹と疲労で息絶えたと伝えられています。




安寿姫が祀られている祠

建部山のふもとにひっそりと安寿姫塚はあります。

 建部山は4月頃ニオイコブシの花で白く染まります。


由良川越しに見る武部山

 ニオイコブシの花は安寿姫の化身として地元の人から親しまれています。













丹後のお奨め観光スポット

日本三景・天橋立


大内峠・一字観公園


伊根の舟屋


丹後半島・経ヶ岬




丹後の日帰り温泉
あしぎぬ温泉
宇川温泉
小町の湯
智恵の湯







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