お奨めお宿

 天橋立は小天橋と大天橋から成り、3.6キロメートルとされていますが、「廻旋橋」から「特別名勝 天橋立の碑」までは約2.4キロメートルで、徒歩で約50分、自転車で約20分の道のりです。また、定期観光船(所要時間12分)が往復していますので、徒歩やレンタサイクルで散策をして、帰りは定期観光船やモーターボートを利用する楽しみ方もできます。



 天橋立 廻旋橋

天橋立 廻旋橋 橋脚を中心に90度廻して船を通す、日本でも珍しい橋です。

 阿蘇海と宮津湾を区切るように出来た天橋立には水路があり、船の往来が頻繁にあります。
橋下を通れない大きな船を通す為に考え出されたのがこの廻旋橋です。
 以前は人力で回していましたが、大型船の往来が多くなり、昭和35年に電動式となりました。
 1日に多い時は50回ほど橋が廻り、それが名物となり観光客の皆さんの絶好の写真やビデオスポットになっています。







 大天橋海水浴場


 日本の「白砂青松100選」にも選ばれた天橋立は、その名の通り白い砂浜と青い松林がとても美しく、多くの観光客が浜辺を散策します。

 夏季は海水浴場となり、水のきれいな海と相まって多くの海水浴客で賑わいます。









 天橋立茶屋


 天橋立の国定公園内にあるお食事処です。
 松林の中にとけ込み、物静かな雰囲気の中でお食事が楽しめます。

 名物智恵だんごや宮津・天橋立名産の「黒ちくわ」、「あさり丼」が味わえます。また、目の前が大天橋海水浴場なので、シーズンには「かき氷」や食事のテイクアウトも出来ます。



名物 あさり丼

店内



 岩見重太郎 仇討ちの碑

 講談などで有名な伝説上の剣豪「岩見重太郎」が父の仇討ちをしたと伝えられている場所です。
 岩見重太郎は父の仇、広瀬軍蔵、鳴尾権三、大川八左衛門の三人を追って丹後の宮津に来ましたが、三人は重太郎を恐れて領主京極家に隠れていました。
そこで、京極家に乞うて仇討ちを許され、1632年9月20日天橋立の濃松において三人を討ち倒し、ついにその本望をとげたと伝えられています。

 岩見重太郎が父の仇を打つ前に試し切りをしたとされる石です。

 また、案内板によると重太郎は天橋立で毎夜、通行人を襲っていた元伊勢籠神社の狛犬の足首を切り、その夜行を止めたという伝説も残されています。







 松尾芭蕉の句碑

「 一声の江に 横たふや ほととぎす 」
 芭蕉の庵から程遠からぬ江戸墨田川の景をよんだものです。
 芭蕉が天橋立に遊んだ証拠もないし、橋立をよんだ確かな句もないのですが、宮津の俳句を楽しむ人々は、芭蕉の塚がないのを残念に思い、この句を選び1767年文殊堂境内に歌碑を建立しました。
 広々とした川面を渡るホトトギスの声が、橋立あたりの風景と重なって感じられたようです。 明治になって、当時の俳人たちは、この句の情景に天橋立を重ねたのでしょうか、句の内容に相応しい場所にと、ここに移したのです。




 天橋立神社

 橋立大明神本社 正面は豊受大神、向かって左は大川大明神、右は八大龍王(海神)である。
 かつては、皇大神を祀り、いわゆる元伊勢を移したものとの説もあるが、これは附設であり、やはり文殊信仰が流行した平安末期から鎌倉時代にかけて、文殊堂境内鎮守として祀られたものと言われている。

 時移りて、現代はパワースポットとして人気の場所となり、若いカップルが鳥居に石を乗せて行きます。




 磯清水



 両側を海に挟まれた砂州の中にあって、殆ど塩分を含んでいないことから、古来から不思議な名水とされ、「日本の名水百選」にも選ばれています。
 俳句にも「一口は げに千金の磯清水」と詠まれ、天橋立で遊ぶ人々に珍重されてきました。






 与謝無村の句碑

 俳人、画家として名高い与謝無村は、幼少期に与謝野町加悦の施薬寺に過ごし、宝暦4年(1754)から宝暦7年(1757)まで3年間、宮津の見性寺で創作活動を行っています。句碑に刻まれた「 はし立や 松は月日の こぼれ種 」は当時、天橋立に訪れた際詠んだ句とされます。蕪村は当地をこよなく愛し、当時の地名である与謝郡から与謝蕪村を名乗るようになりました。






 レンタサイクル

 天橋立は一般車両通行禁止です。 端から端まで約3キロメートルの移動には、徒歩、自転車、遊覧船、モーターボートがありますが、松並木の中の史跡などを見て回るには、丁度良いスピードの自転車が最適です。
 天橋立には土産物店や交通会社が運営するレンタサイクルがありますので、自転車を気軽にご利用できます。
 レンタサイクルは店によっては乗り捨てが可能なところもありますが、借りた場所に返さなければならないお店もありますので、天橋立の往復を自転車にするか、他の移動手段にするかを考えて借りた方がよいです。




 双龍の松 モニュメント

 (双龍の松モニュメント案内板より)
 日本三景・天橋立は古くから「神の住み給う天への架け橋」として、多くの人々の目を楽しませ、心を和ませ、体を癒してきました。
 しかし、平成十六年十月二十日に当地域を襲った台風二十三号の猛烈な風雨は天橋立の美しい姿を一変させ、二百四十七本の松の命を奪い去っていきました。この「双龍の松」もそのとき命を絶たれた命名松の一本です。
 ここにその姿を保存し、惨状を記憶にとどめるとともに、先人達が大切に守ってきた天橋立を子々孫々まで残していくため、また、環境破壊に対する警鐘を込めてこの公園は整備されました。











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